「わんわんわんっ」
「わふっ」
「わうわうっ」
勉強の気分転換で散歩に出かけようと靴を履いていると、急にイタリアンズが吠えだした。
「？ どうしたんだろう」
靴を履き、玄関を出て近づいてもイタリアンズは敷地の入り口に向かって吠えていた。
「おいおい、どうしたんだ？」
……そういえば前にもこんな事があったような気がする。
あれはいつの事だっけ。
「ほらほら、落ち着けって。ご近所迷惑になるだろ？」
イタリアンズをなだめていると、ふいにカコンと郵便受けの方から音がした。
「ん？」
振り返っても誰もいない。
「気のせい？」
……そうだ、思い出した。
前にもこうやってイタリアンズが吠えていた事は確かにあったんだ。
過去の記憶がよみがえってくる。
「もしかしたら――」
あの時は確か郵便受けの中を覗く。
「――あった」
郵便受けの中には一通の封筒が入っていた。
宛名も切手もない真っ白な封筒。
緊張で手が震えてくる。
「ここまではあの時と一緒……ここからは――」
思い切って封筒の裏を見る。
「やっぱり……！」
封筒の裏面左下、いつか見たその場所に、いつか見た文字で想像していた名前が書かれていた。
『フィアッカ・マルグリット』
◆ ◆ ◆
「さて、どうしたものか……」
散歩は取りやめて部屋に戻ってきた俺は封筒とにらめっこしていた。
「これは俺宛って思ってもいいんだよな」
今は彼女も居ないし、かといって俺以外にフィアッカさんに関わりのある人は家に居ない。
「……よし」
ペーパーナイフを取り出し封を切る。
「…………？」
わざわざフィアッカさんが手紙を出してくるくらいだから何か重要な事が書いてあると思ったんだけど……。
『今夜、日付が変わる少し前くらいにあの丘に来てほしい』
手紙にはその一文だけが書いてあった。
裏を見ても、透かして見てもそれ以外に何も書いていない。
あぶり出しとか……は、さすがにないかな。
「……とりあえずは、だ」
もう一度手紙を見る。
「行ってみるしかないってことか、あの丘に」
◆ ◆ ◆
今日が終わるまであと１時間あまり、俺は物見の丘公園に向かっていた。
「フィアッカさんに会うのは半年……彼女の誕生日振りか」
俺たちから彼女宛ての誕生日プレゼントをフィアッカさんに預けてからもう半年。
……もしかしたらそれ関係での呼び出しなのかな？
保管しておくことは出来るって言ってたけど、難しくなったとか。
「うーん……」
まあいいか、行けば分かるだろうし。
ごちゃごちゃ考えてても不安になるだけだしな。
◆ ◆ ◆
「さて……」
丘に着いたは良いものの、どうしよう。
あの手紙には来てほしいってだけで待ち合わせの場所も指定されていなかったしなぁ。
「まあでも……きっとあそこ、かな」
自分の勘を頼りに足を動かす。
そして数分もしないうちにあの時の場所に着いた。
「…………」
この前フィアッカさんに会った、そして去年彼女と別れたあの場所。
フィアッカさんがわざわざ待ち合わせ場所にこの丘を選んだんだ、きっとここに違いない。
時計を見る。
今日が終わるまであと５分。
「時間通り……かな？」
あの手紙には日付が変わる前としか書いてなかったけど。
「えっと、フィアッカさーん。来ましたよー」
とりあえず呼びかけてみる。
「…………」
返答は無しか。
まだ来てないのかな？
ここには障害物もないし、来ればすぐに分かるか。
あ、フィアッカさんって姿隠せるんだったっけ。
「……まあ、どっちにしても来たら声とかかけてくれるよな」
しばらく待っていよう。
…………。
……。
あの時から肌身離さず持っている懐中時計を見ると日付が変わっていた。
……そう言えば今日は俺の――。
「っ！」
その時一陣の強い風が吹いた。
「はえ？ わ、わわわっ！」
「うん？」
上から声が……。
「わっ！」
どんっ！
「ぐふっ」
どうにか受け止めたは良いものの、その衝撃に耐えきれず思わず尻もちをついた。
「あたたた……なんで空中に……。お姉ちゃん設定ミスった？ それともそういう使用なのかしら……」
俺の上から聞こえる懐かしい声。
この声は……。
「シン……シア？」
「えっ……も、もしかしてタツヤ？ ど、どこに居るの？」
「ここ、ここ」
「ここ？」
「シンシアの下」
「え？ わっ、ごめんなさいっ」
ばっと俺の上からシンシアがどいた。
「大丈夫？」
「ああ、うん」
差し出された手を掴んで立ち上がる。
「…………」
なんでシンシアがここに？
ターミナルは？
聞きたい事はいっぱい頭の中を駆け巡ったけど１つも言葉にならなかった。
ただ今そこにシンシアが居る事が信じられなくて。
俺は幻でも見ているのだろうか……？
「タツヤ……」
「っ！」
幻でも良い、夢でも良い。
「シンシアっ！」
触れる事で陽炎のように消えてしまう、そんな恐怖を押しのけ、俺はシンシアを抱きしめていた。
抱きしめても消えない……シンシアは確かにここに居るんだ。
俺の生み出した幻じゃないんだ……っ。
「シンシア……本当にシンシアなんだよな……っ。幻じゃ、ないんだよな……っ」
「うん……そうだよタツヤ。あの時――この丘で別れたシンシアだよ……」
ああ……本当にあの時のシンシアなんだ。
聞きたい事はいっぱいあったけど、細かい事は今はどうでもいい。
今ここにシンシアが居る、それだけでもう良いんだ。
「おかえり……で、良いんだよな……？」
「うん、ただいま……タツヤ」
◆ 未来からの贈り物〜シンシアサイド〜に続く ◆
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