七月二十日。
「満月の夜に吸血鬼は現れる……か」
見上げた夜空には暗闇に穴を空けたようなまん丸のお 月様が光っている。
タイミングが良かったな……噂を聞いた日の夜がちょ うど満月だったとは。
下校時に聞いた噂話、満月の夜に現れる吸血鬼が本当 かどうか確かめるために、俺は町外れの屋敷へとや って来ていた。
町外れ、しかも森の中に佇んでいる古びた洋館とだけ 聞くと辿り着くのは大変そうだが、実際はかつて人 が住んでいただけあって森の入り口にバス停があっ たり、そこから屋敷の門の前までちゃんと道があっ たりと、思ってたよりすんなりとここまで来てしま った。
「少し拍子抜けしたなぁ……せっかくいろいろと準備し てきたってのに」
ホームセンターで地図やコンパスを買ってきたのに無 駄になってしまったな……まあ森の入り口から屋敷 の門までの間、街灯が一つもなかったので懐中電灯 だけは役に立ったけど。
「それでも正直月明りだけで何とかなりそうだったのが 残念だよな……」
満月に煌々と照らされた林道を眺める。
いや、道に迷ったり辿り着けなかったりするよりはマ シなんだけどさ……何というか、ロマンが足りない よなぁ。
「まあそれはそれとして……さて、どうやって中に入ろ うかね? 門は閉まってるみたいだし……裏口でも 探すか?」
玄関はちゃんと施錠されてたけど他に入れる場所は無 いだろうか?
窓を割ればすんなり入れはするけど無人とは言え家は 家だ。
少し抵抗があるし、それは最後の手段って事で……
とりあえずどうにか穏便に中に入る方法はないだろう かと思いながら屋敷の周りを歩いていると、運よく 開け放たれている窓を発見した。
あそこからなら中に入れそうだな……
善は急げとばかりに、俺はひょいっとその開いている 窓から室内へと潜り込んだ。
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◆ ◆ ◆
「へぇ……中はそれなりに雰囲気あるな……」
窓からの月明かりに照らされた薄暗い廊下を進む。
足を踏み出すたびに舞い上がる埃が鼻をムズムズとく すぐった。
ふむ、窓が開いてたから俺以外の誰かが最近中に入っ たのかと少し思ったけど、それは無さそうだな。
この埃が降り積もった廊下を足跡残さずに歩くのは流 石に無理がある。
そんな事を考えながら何か面白いモノはないだろうか とカメラを片手に廊下を進んでいく。
すると大きな広間――玄関ホールへと辿り着いた。
前方には今通って来た廊下と同じ作りの廊下への入り 口、そして向かって左側には大きな玄関、右側には 二階へと続く階段が見える。
そう言えばこの屋敷、二階建てだったな……せっかく ここまで来たんだ、一応二階も見ておこう。
そう思い俺は階段へと足をかけ――
「あら、こんな時間にお客様かしら? 珍しい事もある ものね」
最初の一段目を踏みしめた瞬間、凛と響く声に身体が 硬直する。
ひ、人の声? 何でこんな廃屋に、しかもこんな夜中 に人の声が?
頭の中が混乱しながらも、恐る恐るとその声のした方 向……階段の上部へと視線を向ける。
「どうしたの? そんな驚いた顔をして……お化けでも 見たのかしら?」
するとそこには、年の頃は俺よりも少し下だろうか? 幼い顔立ちをした、けれどもまるで夜空に輝く月 の様にきれいな髪をした女の子が立っていた。
窓から降り注ぐ月明かりに儚く消えてしまいそうな雰 囲気。
まるで童話の中から現れたような黒い服を身に纏い、 彼女はじっとこちらを見つめてくる。
その瞳はとてもきれいで、俺はただただ息を飲むこと しか出来なかった――
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