――２月初旬――
百式から借りた雑誌の特集記事を読みながら俺は思っていた。
「もうすぐバレンタインか……」
バレンタインと言えば日本では男女がきゃっきゃうふふするラブイベント。
今までは――まあ、もらってなくはなかったが、今年は今までと状況が違う。
「亜子からバレンタインチョコが欲しいなぁ」
そう、今の俺には彼女が居る！
嗚呼素晴らしきかな彼女が居る生活！
「少し前ならともかく、今の亜子なら頼んだらチョコくらい作ってくれそうだよな。……出来はともかく」
うん、出来はともかく彼女からのチョコが欲しい。
例えお腹を壊しても生まれて初めてできた彼女からのチョコが欲しい。
いやまあ、亜子なら何処かの高級チョコかもしれないけど。
どっちにしても亜子からのチョコが欲しい。
「でもなぁ、せっかくなら言われたからじゃなくて自主的にほしいよなぁ」
うーん、何か良い手はないだろうか。
「うーん、うーん……」
ぴんぽーん
あ、閃いた！
この手ならきっとうまくいくんじゃないかな。
というか良い考えが思い浮かぶと本当にぴんぽーんって音が鳴るんだな、初めて知ったよ。
ぴんぽーん ぴんぽーん
「……あれ？」
なんだ、びっくりした。
本当にチャイムが鳴ってたのか。
「はいはーい、今行きまーす」
来客を迎えるために部屋を出て玄関へ向かう。
ガチャリ
「こんにちわ征人さん。……どうしたんですか？」
「……いや、何でもない。いらっしゃい、亜子」
「お邪魔します」
そういえば今日は英語が苦手な亜子の為の勉強会をするんだった。
ちょうど良い、さっそくさっき思いついた事を試してみよう。
◆ ◆ ◆
「という事で亜子！」
「どうしました征人さん」
「外国語を身近に感じるために必要な事はなんだと思う？」
「は？ ……いきなりどうしたんですか？」
何言ってんだ、こいつ？ みたいな顔をされてしまった。
く……くじけないぞ。
「俺なりに亜子が英語を好きになれる方法がないか考えてみたんだ！」
「ゆ、征人さん……！ 私の為にそんな……ありがとうございます」
亜子は素直だな……、納得してくれた。
では気を取り直して……。
「それで、何だと思う？」
「身近に……ですか？ そうですね、今みたいにこうやって教科書を読んだりでしょうか」
「勉強にはなるだろうけど身近には感じないだろ」
好きでもない事勉強しても俺なら嫌いになるな。
「はぁ。それでは何なんです？」
「それは――外国行事を経験すればいいと思うんだ！」
「外国の行事？」
「そう、去年のクリスマスとかみたいな」
あの時は――俺が勘違いしてただけだけど。
「プレゼント、喜んでくれただろう？ あんな感じでちょっとずつでも慣れて行ったら良いんじゃないかなって。そ
れにちょうど今月良いイベントがあるしね」
「いべんと？ それってどんな行事なんですか？」
「それなんだけどな、ここで俺が教えてもいいんだけどせっかくだから自分で調べてみた方が良いと思うんだ。
自分で調べた方がより外国を身近に感じられるだろう？」
そう、これこそ俺の作戦『亜子に自分でバレンタインデーを調べてもらってチョコをもらっちゃおう』計画！
２月の海外由来イベントで大きいのはたぶんこれくらいだし、いけるだろう。
後は亜子が受けてくれれば――……ん？
「…………」
あ、あれ？ 反応が……。
え？ もしかして駄目だった？
少しの不安と大きな期待を胸に亜子の様子をうかがう。
「亜子……？」
「分かりました征人さん！ この亜子、見事その課題をこなしてみせます！」
「お、おう！ 頑張れ亜子、協力は出来ないが応援してるぞ！」
「はい、期待に応えてみせます！」
ふぅ、なんとかなった。
こうして作戦の第一段階は見事に成功した。
まああとは亜子次第なんだけどな。
くっくっくっ……14日が楽しみだぜ。
「どうしました？」
「い、いや、なんでもない」
◆ ◆ ◆
――２月１４日――
「……何もないまま夜になってしまった」
そんなバカな……！
まさか違うイベントと勘違いしたんじゃないだろうな。
朝からさりげなく亜子の様子を伺っていたが、別段いつもと変わりなく。
帰りもいつものように途中まで一緒だったのに何もなかった……。
「せめて一緒に住んでたらまだチャンスはあったのに……」
なんだかんだあったから今は良子様の所に住んでるからなぁ。
「くっ……せっかく恋人になって初めてのバレンタインデーだったのに。普通に頼めば良かったぜ……」
ぴんぽーん
「ん、チャイム？ ……もしかして」
少しの期待を胸に玄関へ向かう。
ガチャリ
「こんばんは征人さん」
「こ、こんばんは！」
ドアの外には待ちに待った人物が！
「あの、少しお時間宜しいですか？」
「ももももちろん！ どうぞ、入って入って」
「ではお邪魔します」
玄関では親の目が気になるので俺の部屋まで来てもらった。
「そ、それでどうしたんだ？ こんな時間に来るなんて珍しいな」
「ごめんなさい、やっぱり迷惑でした？」
「いやとんでもない！ むしろ……ごにょごにょ」
「どうしました？」
「い、いや……。俺の事はともかく、亜子の用件は？」
「あ、はい。あのですね、この前征人さんに指導されたように今月の海外由来いべんとを調べてみたんです」
「うんうん！ それで！」
キター！ と飛び跳ねたい気持ちを抑えて先を促す。
「それで――これをどうぞ征人さん」
亜子が自分の鞄から包装紙に包まれた何かを取りだしこちらに差し出した。
チョコか！ チョコだな！
「ありがとう亜子！ ……？」
受け取った何かはチョコにしては薄いような？ あれ？
「あの亜子、開けていい？」
「はいどうぞ。征人さんへの贈り物ですから」
ガサガサ
「……あれ？」
包装紙の中から出てきたのは薄い形状のモノ。
「手紙？」
なんで手紙が？ というかチョコは？
「征人さん、私なりに今月の海外いべんとを調べてみた結果、ばれんたいんでーというものに行きついたんで
す」
ちゃんとバレンタインデーには行きついたのか。
「それで我が国では２月の１４日に女性が男性へ親愛の情を込めちょこれいとを贈ると言う事を知りました」
「そこまで行ってなぜに手紙？」
「ええっとですね、どうやら欧米ではケーキやカードなどいろいろな物を贈ったりするみたいなのです」
なんだろう。
何か失敗した気がする。
「それで前に征人さんが海外の行事に慣れて行けと仰られたのでので私もそれに倣って征人さんへの感謝の
気持ちを手紙にしたためてみました」
「そ、そうなのか。ありがとう……」」
「…………」
はぁ……余計な事をせずに素直に頼めば良かったよ。
バカッ！ あの時の俺のバカッ！
「あの、征人さん」
「え？ ああ、手紙ね。ありがたく読ませてもらうよ」
チョコじゃないとは言え、初めてのバレンタインデーにもらった亜子からのプレゼントだ。
チョコを貰えないのは残念だけど、嬉しくないと言えばうそになる。
むしろすごくうれしい。
そうだよな、モノじゃないよな、気持ちが嬉しいんだよな！
「いえそうでなくて。あ、手紙を喜んでいただけたのは嬉しのですけど」
「ん？ どうしたんだ？」
おずおずと鞄からもう１つの包みを取りだした。
そ、それはもしや……！
「ちゃんとチョコレイトも用意してますよ」
「ありがとう亜子！」
もう高速ってもんじゃないスピードでチョコを受け取る。
落としてから上げるとは……やるな！
「最初は手紙だけにしようかと思っていたのですが、桜子さんに相談したらチョコレイトも一緒に送った方が良い
と」
ありがとう冬野さん……！
包装紙をガサガサと開け中の箱を取り出しながら冬野さんへ感謝の念を飛ばしてみた。
「あ、あのさ亜子」
「はい、なんでしょう」
「これ食べてみても良い？」
「どうぞ、ぜひ食べてみてください」
「ありがとう。それでは――」
パカッと蓋を開ける。
「おぉ、これは美味しそうだなっ」
「うふふ。さ、征人さん」
箱から１つ取りだしこちらへ差し出してくれる亜子。
こ、これはクリスマス以来の『あーん』か！
よ、よしっ。
「あーん」
あー、見た目通り甘くておいし……おいし？ あれ？
「どうですか？ チョコレイト菓子なんて初めて作ってみたのですけど、うまく出来てますか？」
「え゛っ、これって亜子が作ったの？」
「はい。桜子さんから手作りの方が心が伝わるんじゃないかと教わりましたので」
「ああ……そうなのか……」
最近料理は上達してるみたいなんだけど、お菓子は……それも洋菓子は亜子には……。
「あの……どうですか？ 美味しいですか？」
不安そうな顔で俺の顔を見つめる亜子。
あー……うん、正直に言おう。
嘘はいくない。
「ありがとう、亜子の気持ちは伝わったよ！」
「え？ あの、味は――」
「亜子の俺への気持ちが凄く伝わった！ もうこれでもかって言うくらい！ 嬉しいよ！」
「征人さん……」
亜子の俺への気持ちは手作りって言うだけで十分伝わったさ！
味とか関係ないね！
「あの、実はまだ味見してなくて。１つもらっても良いですか？」
「え゛！？ だ、駄目だ！ これは俺のだーい！ んぐんぐ……ぐっ！？」
ぐ、ぐあっ……！
し、しかしここで倒れてはせっかくの亜子の気持ちと俺のフォローがぁぁ……。
「ぐ、ぐぬぬ……っ！ ぷはぁっ！」
「征人さん！？ だ、だいじょうぶですか！」
「だ、だいじょうぶだ、もんだいない……」
亜子の手作りチョコを一気に平らげる俺。
一瞬気が遠くなったがなんとかなった。
「あぁ……全部食べてしまったのですね」
「ご、ごめんな亜子。というか前にも言ったけど味見は事前にするもんだぞ」
「あの……分かってはいたのですが――」
「ですが？」
「征人さんに最初に食べてもらいたくて……」
「うおぉぉぉぉ……」
「征人さん？」
「俺は今、猛烈に感動しているー！」
「ゆ、征人さん！？」
「ありがとう亜子、最高のバレンタインデーだったよ！」
「そ、それは良かったです。私も初めてのバレンタインデーを無事に終えられてホッとしました」
俺の為に……。
何かお返ししたいな……あ、そうだった。
「なあ亜子、バレンタインデーには対になるイベントもあるんだぞ」
「対……ですか？」
「ああ、ホワイトデーって言ってな、バレンタインデーにもらったもののおかえしをするって言うイベントだ」
「あ、そう言えば調べた文献にもそのような事が書いてあったような」
クリスマスプレゼントはメルさんに笑われたからな、今度は一カ月もあるんだし慎重に選ぼう。
「楽しみにしててくれよな！」
「はいっ♪」
こうして俺たちの初めてのバレンタインデーは過ぎて行った――。
◆ 終わり ◆
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