《沙耶の唄〜Saya’s after story〜》
第壱話

 
 
ある日の放課後、珍しくみんな用事があるらしく今日のリトルバスターズの活動は無くなった。
寮に戻ってもやる事がないので僕は夕暮れの校舎を散歩する事にした。


夕焼けに染まる廊下を1人で歩いていく。

「1人で散歩するのも久しぶりだな」

あの世界から帰って来れた後、僕はこうしてたまに1人で校舎の中を散歩するようになっていた。
目的があるようでない散歩。
僕は何かを探しているのだろうか。
1人で校舎を歩いているとその『何か』を見つけられるような気がする。

「本当は夜の校舎を散歩したいんだけどね」

僕の探している『何か』は、本当は夜の校舎にあるような気がするんだけど……。
でも夜となるとさすがに施錠がしっかりしていて中には入れないだろう。
試してはいないけど、さすがにそこまで不用心ではないだろうし。

「それにしても誰も居ないな……」

茜色に染まる無人の廊下。
まだ校舎に人は残っているだろうけど、まるで世界に僕しか居ないような錯覚を覚える。

「ん?」

そんな世界に何かが落ちていた。

「これは……」

拾い上げるとそれは生徒手帳だった。

「……」

持ち主を調べようと生徒手帳の最後の方のページに書いてある名前を確認する。

「朱鷺戸……沙耶」

なぜか動悸が早くなる。
僕はこの名前を知っている様な気がする……。
名前以外の事を確認するとクラスは違うが同学年だった。
このクラスって例の転入生が来たってクラスじゃなかったっけ。
確か葉留佳さんが言ってたクラスだった気がする。
持ち主が分かってるんだ、わざわざ落し物置き場に持っていかなくてもいい……よね。
明日にでも持って行って返してあげよう。
どこか懐かしく感じる名前が刻まれた生徒手帳を持って僕は今日の散歩を切り上げた。



翌日、朝のHR前。
落し物の生徒手帳を返そうと僕は朱鷺戸さんのクラスへと訪れていた。
教室を覗き込むと知らない人がいっぱいいる。
当たり前だよね、こっちの方まではめったに来ないし。

「えっと……どうしようかな」

知り合いがいれば楽に声を掛けられるけど、居ないとなれば他に手を考えないと。

「うーん……」

それよりどの人が朱鷺戸さんだろう? 教室の中にいるのかな?
僕はそっと教室の中を覗き込む。
そうして覗いているとクラスメイトに囲まれて楽しそうに会話している女の子を見つけた。
クラスメイトの中心で微笑んでいる女の子に僕は思わず見とれてしまっていた。
生徒手帳には顔写真がないので顔は分からない。
でも僕には彼女がこの生徒手帳の持ち主だと何故か確信が持てた。

「あの」
「えっ」
「うちのクラスに何か御用ですか?」

振りかえると怪訝な顔をした女の子が立っていた。

「あ、えっと……」

なんだっけ……? えっと何をしに来たんだっけ。

「……?」

ああ、声を掛けてきた女の子の顔がますます怪しい人を見るような眼に。

「あっ」

ふとポケットに入れていた物に手が触れる。

「あの、朱鷺戸さんの生徒手帳を拾ったから返しに来たんだけど……」

ポケットに入れていた生徒手帳を取り出して見せる。

「あ、そうだったの。なんだ、またいつものかと」
「いつもの?」
「いえ、何でもないです。それなら呼んであげますね」

彼女は輪に向かって声を掛けた。
いつものって何だろう?

「朱鷺戸さーん」
「?」

朱鷺戸さんが振り返り僕たちの方を見る。
やっぱりさっきの女の子が朱鷺戸さんだった。

「……っ」

僕と眼があった朱鷺戸さんは一瞬、驚いた顔をしたような気がした。

「この人があなたに用事ですって」
「あ、はーい。ちょっと待っててもらって」

周りにいたクラスメイトに何か話した後、彼女がこちらに歩いてくる。
……なんだろう、名前だけじゃなく、この顔、この雰囲気……僕はこの人を知ってるような気がする。

「それで用事って?」
「彼、あなたの落とした生徒手帳を拾ってきてくれたみたいですよ」
「生徒手帳? ……あっ」

身体のあちこちを触って自分が生徒手帳がない事に今気付いたらしい。
取り次ぎをしてくれた女の子に礼を言い、彼女は僕の眼を見つめて言った。

「こほん……えー、朱鷺戸です」
「な、直枝です。えっと……あの、これ落ちてました」

生徒手帳を渡す。

「直枝くん……直枝くんね。……うん、ありがとう」

生徒手帳を胸の前で抱いて、何かを噛みしめるように笑顔でお礼を言ってくれた。
その笑顔にまたぽ〜っと見とれてしまいそうになる。

「あのっ」

キーンコーンカーンコーン

予鈴が鳴った。
そろそろ帰らないとホームルームに間に合わないかな。

「じゃあ僕はこれで」
「あ、うん」

朱鷺戸さんが何かを言いかけた気がするけど、僕は自分の教室へと戻った。



朱鷺戸さんかぁ……可愛い人だったなぁ。
どこかで会ってるような気がするんだけど……うーん、思いだせないな。
どこかですれ違った時に印象に残ってたとかなのかな?
授業中、考えるのは朱鷺戸さんの事ばかり。
授業間の休み時間に会いに行こうとか思ったりしたんだけど……
理由もないのに会いに行くのはなぁ……と思い結局行かずじまい。

「ふぅ……」
「どうした理樹、ため息なんてついて」
「あ、謙吾……あれ? 授業は?」
「何を言ってるんだ、もう昼休みだぞ」

本当だ。
ぼーっとしてる内に授業が終わっていた。

「それより理樹。客だぞ」
「え?」

謙吾が示した先には居たのは……と、朱鷺戸さん!?

「どうした、そんな驚いたような顔をして」
「あ、ううん。何でもない。……彼女が僕を」
「ああ」

彼女の方を見るとにっこりとほほ笑んでいた。

「ほら、あんまり待たせるものじゃないぞ」
「あ、うん。行ってくるよ」

教室でお昼を食べているクラスメイトをすり抜けてドアへと向かう。

「お、お待たせしました」
「いいえ。先ほどは生徒手帳ありがとうございました」
「あ、いえいえ」
「……」
「……?」

朱鷺戸さんの瞳が僕をじっと見つめる。
なんだろう緊張するな、胸がドキドキする……。
それにしてもどうしたんろう。
わざわざ生徒手帳を届けたお礼を言いに来てくれたのかな。

「あの〜……」
「直枝くん、お昼は食べた? 食べてない?」
「あ、まだだけど」
「学食? それとも購買かしら」
「今日は〜んん、購買でパンな気分かな」
「そう、じゃあ行きましょう」

歩きだした朱鷺戸さんに自然とついていく。

「えっと、どこへ行くの?」
「ん? 購買にパンを買いに行くんでしょ?」
「ああ、うん、そう言ったっけ。あの……朱鷺戸さんも?」
「そうねぇ……あたしもお昼はパンを食べたい気分になってきたし、
 あなたに付き合う事にしたわ」
「あ、そうなんだ」
「それじゃあ改めて……。行きましょう、直枝くん」
「うん」

こうして僕と朱鷺戸さんは連れだって購買へと歩いて行った。

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