《沙耶の唄〜Saya’s after story〜》
第零話

 
 
恭介提案でリトルバスターズのメンバーみんなで行った修学旅行から早数か月。
笹瀬川さんがメンバーに加わったり、僕が恭介からリーダーを引き継いだりいろいろあった。
恭介は就活で参加する事は減ったけど、それでもリトルバスターズのみんなと騒ぐ事は楽しい。
いつでも僕の周りには誰かが居る。
だからだろうか、たまに1人になった時にふと思うんだ。
何か大事な人を忘れている様な……心の中の大事な場所にぽっかりと空白がある、そんな気持ちを。
リトルバズターズのみんなは傍にいるし、恭介も離れてる時が多いけど僕たちの所に帰ってきてくれる。
大事な人はみんな傍にいる。

「なのに、なんでかなぁ……」
「ん? どうした理樹」

真人が日課の筋トレをしながら聞いてくる。

「何でもないよ。ちょっと独り言」
「そうか。暇なら理樹も一緒に筋トレしないか?」
「えー……いや、僕はいいよ」
「仕方ねぇなぁ、また今度やろうぜ」

ふんふん言っている真人の吐息をBGMに僕はベッドに入って瞼を閉じた。

「……」

眼を閉じ心を落ち着けているといつもぼやけて見えてくる輪郭がある。
それが誰なのか分からない。
最初はリトルバスターズの誰かかと思ったけど違う。
でも僕はその人を知っている。
誰だかはっきりしないけど僕はその人に会っている、それだけは確信が持てた。
ただその人の事を思っていると……。

「おいどうした理樹。泣いてんのか?」
「ううん、目にゴミが入っただけだよ」
「そうか?」

ごめんね真人、嘘ついて。
僕が記憶の中にうっすらと感じるその人の事を思っていると知らない内に涙が流れてる時があった。
その人が忘れてしまった大事な人なのかもしれない。
この気持ちが芽生えたのは何時からだったろうか。
最近だったような気がする。
少なくてもあの事故より前にそう言った思いに囚われた事はなかったはずだ。
ただ事故の後に僕は僕の中だけにうっすらと居るその人に会った記憶がない。

「誰なのかな……」

いったん思考を切る。
いくら考えても答えは出ない事は分かってるし。
ただその人の事を考えてると切なさと……あと何か温かい気持ちになるんだ。

「あれ、真人が居ない……」

気付けば汗臭いBGMが聞こえなくなっていた。
時計を見ればもうだいぶ夜も更けている。
そろそろ寝る時間……シャワーでも浴びに行ったのかな。

「ふぃーさっぱりさっぱり」

それからしばらくして真人が戻ってきた。

「お、もう寝んのか」
「うん、もう寝る時間だしね」
「じゃあ寝るか。しっかり寝て大きくなれよ理樹」
「ああうん、おやすみ真人」
「おう」

ぱちりと電気を消し、ぎしっぎしっ、と上のベッドに入る真人。
……このまま成長していったらいつか落ちてくるんじゃないかな。
ちょっと不安に思う。

「ぐがーぐがー」

布団に入ってから数分と経たずにイビキが聞こえてきた。
寝付くの早いなぁ。

「……僕も寝よ」

眠りに着く間に考える。
彼女とは夢の中で出会ったのかもしれない。

「理樹くん」

懐かしい声で誰かに呼ばれた気がした。


翌日。

「やーみんなおはよー」

以前より頻繁にこのクラスに顔を出さなくなった葉留佳さんがやってきた。
頻繁に来なくなったと言うか自分のクラスとこのクラスを交互に過ごしてる感じかな。
そんな葉留佳さんがまっすぐ僕の机へ目指して歩いてくる。

「おはよー理樹くん」
「おはよう葉留佳さん」
「真人くんもついでにおはよー」
「おう、って俺はついでかよ」
「ほら、あいさつあいさつ。挨拶は大事なんですヨ?」
「へいへい、おはようさん」
「ねえねえ、知ってる理樹くん」
「どうしたの?」
「あのね、何やらうちの隣のクラスに転入生が来たらしいんですヨ」
「転入生? へー珍しいね」
「でしょー。ねえねえ、見に行かない? 見に行かない?」
「んー……僕はいいよ」
「えー」
「ごめんね」
「ちぇー、仕方ないなー。あ、姉御ー」

来ヶ谷さんが教室に入ってきたのを見ると葉留佳さんはそっちに駆け寄っていった。
それにしても転入生か……。
気にはなる……気にはなるんだけど、どうも気分が乗らない。
何でだろう? 覚えてないけど昨日見たかもしれない夢のせいなのかもしれない。

 
転入生が珍しい事もあって葉留佳さん以外にも見に行く人がそこそこ居たらしい。

「なかなかの美少女でしたねー。あと真面目そうでしたヨ」
「うむ。いやしかし、なかなか抜けた所もありそうだったがな」
「来ヶ谷さんも見に行ったんだ。他の人も何人か行ってたよね」
「そうだな、この学校に転入生と言うのは少々珍しいからな少年」
「だよねぇ……」
「ふむ……心配か?」
「え、何が?」
「理樹君は転入生が心配なのだろ? 見知らぬ環境に入ってきて、周囲から注目されるというのは
 多少なりとも居心地が良いとは感じられない場合もあるからな」
「あ……うん、そうかも」
「安心しろ理樹君。この学園の生徒は楽しそうな物に食い付く習性があるだけだ。
 人を不快にさせるような輩は……まああまりいないだろ」
「あといろんな人に囲まれて楽しそうにしてましたよ」
「へー、そうなんだ」

見ず知らずの人だけど、何故かすごく安心した気持ちになる。

「それに転入生が注目を浴びるのは、通過儀礼みたいなものだ。2〜3日もすれば治まるさ」


来ヶ谷さんの言葉通り、数日も経たない内に転入生の噂はあまり聞かなくなった。
僕もリトルバスターズのみんなと騒いだいるうちにその情報を記憶の片隅へと追いやっていた。

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